4月23日は「地ビールの日・ビールの日」であることを、皆さんご存知でしょうか。
日本地ビール協会を中心とする「地ビールの日選考委員会」が1999年に制定し、2000年から実施されています。
4月23日はもともとビール大国ドイツの「ビールの日」で、「ビール純粋令」が制定された日でもあるのです。ビールの法律があるとは、さすがお堅いドイツ。さて、この「ビール純粋令」、一体どんなものなのでしょうか。
ビールは純粋でなければならない
1516年4月23日、ドイツのバイエルン公国で「ビール純粋令」が発令されました。
日本では室町時代後期にあたる年です。その当時のバイエルンでは、ビールの品質や味の悪さをごまかすため、木の皮やハーブを混ぜた粗悪なビールが出回っており大麦以外の小麦やライ麦を混ぜたビールも横行したため、主食のパンを作る小麦粉が不足してしまったのです。
そんな状況を改善しようとバイエルン王が定めたのが「ビール純粋令」こんな背景があるからか、「ビール純粋令」は「世界最古の消費者保護法/食品品質管理法」とも言われています。ビールの醸造から販売方法まで細かく定めたこの法律、中でも有名なのがビールの原料を限定した条項です。
そこには「ビール作りには大麦、ホップ、水以外のものは使用してはならない」と明記されており、ドイツの一部で始まったこの法律は、1906年までにドイツ全土で適用されるようになりました。こうして、現在約5,000銘柄あると言われるドイツビールの素地が出来上がったのです。
「ビール純粋令」のグレーゾーン
ここまで読んで頂いた方で「ビール作りには酵母が必要ではないか」と気がついた方、あなたはビール通です。そう、ビール醸造に酵母は欠かせないのです。なぜそれが明記されなかったのかと言うと、実はまだその当時、酵母自体が発見されておらず「ビール純粋令」は1551年に改正され、原料に「Hefe」が追加されました。
「Hefe」とは今でこそ「酵母」と訳されるドイツ語ですが、酵母が発見されたのは19世紀に入ってからです。その当時は、醸造の際にできる「おり」「沈殿物」という意味合いがあったそう。でも、「ドイツには小麦を原料にしたヴァイスビール(ヴァイツェンとも呼ばれる)があるではないか」と気がついた方、あなたも間違いなくビール通です。ヴァイスビールはバイエルン地方を代表する、小麦から作られるビールで日本ではその見た目から「白ビール」などとも呼ばれています。
法律以外の原料を使うなんてこれは立派な法律違反!かと言うと、そうでもなかったようで実はその当時、ヴァイスビールを主に醸造していたのはバイエルンで軍事力ナンバーワンと言われた有力貴族で、王様と言え無視できない存在。こうしてその有力貴族には特権が与えられ、ヴァイスビールを独占醸造・販売したのです。
時代も変われば法も変わる
この「ビール純粋令」はその後何度も改正されました。欧州連合(EU)前身の欧州共同体(EC)が発足した時には「保護主義だ」と問題になり、ドイツ国内で醸造・消費するビールのみに適用し、ドイツに輸出入されるビールには適用しないことが決まりました。
現在ではドイツ酒税法の一部に組み込まれ、下面発酵ビールには大麦麦芽、ホップ、酵母、水だけ、上面発酵ビールには例外的に小麦麦芽、糖分を使用できる、と定められています。
日本のビールの挑戦
ドイツでは今でもほとんどのビール醸造所がこの「ビール純粋法」をかたくなに守っています。500年以上、ずっと。お気づきの方もいるかもしれませんが、日本のビール(第2、第3のビールではなく純粋なビール)の多くには、米やコーンも使われていてドイツ人から見たら邪道と言われるかもしれません。しかし最近、日本のビールも頑張っているのです。
一番頑張っているのは「キリン一番絞り」ドイツで流通している「キリン一番搾り」はドイツ国内で製造されているのです。そう、「ドイツ純粋令」をクリアしています。キリンはバイエルン州にあるヴァイエンシュテファン醸造所とライセンス契約を結び、2011年からヨーロッパ向け「キリン一番搾り」の生産を開始しました。このヴァイエンシュテファン醸造所、実は知る人ぞ知る有名醸造所で創業は1040年、現存する世界最古のビール醸造所と言われています。つまり、平安時代からビールを作っているのです。工場内にはミュンヘン工科大学の醸造学科が併設され、ビールの教育・研究にも力を入れています。ドイツの大学にはビール醸造学科まであるとは、さすが。
日本国内の「キリン一番搾り」も何年か前にリニューアルし、今は米やコーンは使用されていませんがキリンはこのヴァイエンシュテファンとタッグを組み、さらに進化した「キリン一番絞り」を作り出しました。ドイツの普通のスーパーにはまだ流通していないようですが、アジア食材のスーパーに行けば必ず入手できます。日本食レストランでは、その生ビールをレストラン内でも楽しむことができるのです。味は美味しい。
ドイツに来て日本食レストランで初めて飲んだ時、その美味しさに驚きました。純ドイツ産と聞いて納得、ヴァイエンシュテファン醸造と聞いてさらに納得したことを覚えています。
地産地消に取り組む日本のビール
その他ドイツで流通している日本のビールを見ると、「アサヒスーパードライ」はイタリア産、「サッポロプレミアムビール」はEU産と、どちらもヨーロッパで醸造・販売しています。アサヒはイタリアのビール会社ペロー二・ナストロ・アローズを2016年に買収、イタリア北部・パドヴァにあるペローニの工場でヨーロッパ向け「アサヒスーパードライ」を生産。2020年にはペローニのローマ工場でも生産を開始しました。「アサヒスーパードライ」も「サッポロプレミアムビール」も、アジア食材のスーパーで手に入ります。この2つに関しては、生ビールを提供するレストランをまだ見かけたことはありません。
ドイツのビールは瓶が主流。最近では、アジア食材店で日本の瓶ビールをごそっとまとめ買いしていくドイツ人も見かけるようになりました。日本のビールが受け入れられてきた証拠です。
ドイツでは昨年11月に始まった2回目のロックダウンが影響し、レストランもバーもデパートも開いていなかった為、そのあおりを受けドイツに1,500以上あるビール醸造所の4分の1が、存続の危機に直面しているというニュースもありました。そんなビール業界に少しでも貢献しようと、私は毎日せっせと家でビールを飲んでいます。日本食レストランで日本のビールを飲める日が来るのを、楽しみにしながら。また海外旅行ができるようになりドイツに来ることがあれば、あえて日本のビールを試してみてはいかがでしょうか。「日本とは一味違った日本のビール」という、異次元をご体験ください。
(米澤さとこ)